行刑人金太回し
金太は、伊豆新島の流人刑場の行刑執行人でした。
元はと言えば金太も流罪人であったが見込まれて行刑人になったのでした。
当時、新島では流人の死刑はすべて絞殺でした。
金太が罪人の首に縄をかけると、それまで無実を叫び刑の不当を唱えていた受刑者も、
諦めて死についたと言います。
金太によって刑を執行された罪人の死に顔は、
長い苦悩から解放され安らかな眠りについたもののごとく安らかであったと言われています。
金太は因業に受刑者の首に縄を掛けなかった。
受刑者がその気になるまで根気よく待ってやったそうです。
最後に臨んで言いたいことがあれば何でも聞いてやったそうです。
金太が受刑者に同情し時には涙を流しながら彼等の話を聞いてやるだけで、
受刑者の気持ちは落ち着いていったと言われています。
金太は、流人たちから聞いたことは一言も他人に漏らしませんでした。
金太の受刑者に対する刑の執行が丁寧で安楽な死を与えると言う事は、流人の間にもよく知られていました。
しかし、それにもかかわらず金太は、島の人からも流人からも死刑執行人と言う事で好かれませんでした。
そうした金太に赦免の知らせが届いたのは天保13年6月で、島に流されてから31年目のことでした。
金太は赦免の知らせを聞いても喜ばず、そのまま死刑執行人として島にとどまりました。
そして最後は、彼の遺言通り向畑刑場の片隅に葬られました。
新島に「金太回し」という言葉があります。
若い衆が上役に一日中きりきり舞いに働かされ、こき使われたりされた時に使う言葉で
「今日は一日中親方に金太回しにされた」などと使います。
金太が罪人を上手にあしらったように、若い人たちが上役に上手に使われた時によく使う言葉です。
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